(4)カフェの過去ログ

2012.4.10 Comet Morigi 芸術講座

芸術講座 1

初回に参加頂いた方々から、始めに芸術に思うところを頂きました。
ログ中、要点になりそうな箇所をマークしてあります。→KiraJpArt120410 READ MORE

2012.3.7 Yo Haiku 哲学入門セミナー

「哲学入門セミナー」17

今回は、「VRに関する倫理問題-SLを通しての暴力は「本当」なのか、違うか、悪い行動か、それとも、あくまでもフンタジー、問題ないのか-」という問題を取り上げました。

「普通のルールではない」という観点から
功利主義:結果的な利益を見る。暴力を増やしてしまえば悪い、反対に満たされて暴力が減れば、よい。
ギリシャ・アリストテレス倫理学:人間形成に与える影響を見る。暴力は、ゲームであるからいいとは言い切れない。
カント哲学:動機を見る。暴力をふるう動機が悪ければ、その行為は悪い。

次回も引き続き、ヴァーチャルでの不倫やレイプ問題を見て行きます。

フルログはこちら→2012_3_7_哲学入門17 ログ

2月14日キラカフェ「あなたにとってアバターとはどんな存在ですか?Part2」

2月14日のキラカフェは、1月17日に行われたテーマトーク「あなたにとってアバターとはどんな存在ですか?」の続きとなります。

17日のトークではいろいろと興味深い意見が出ました。自分の分身としてみるか、可愛がる対象としてみるか。異性のアバターを使用するときの心境など。
異性と自分の関係性というと、心理学者のユングが提唱した「アニマ・アニムス」の概念が有名ですが、そうした概念と、異性アバターを使う心境の間には、何か関連があるのでしょうか。そんなあたりから議論を再開したいと思います。

司会はHaruka McMahonがつとめ、テキストチャットにて進行します。
22時より、キラジャパンのカフェにお集まりください。

なお、前回のログはこちらにアップしました。ちょっとネタっぽいですが、内容を図にまとめたものもあります。

あなたにとってアバターとは何か

2012.2.1 Yo Haiku 哲学入門セミナー

「哲学入門セミナー」16

今回は、

「哲学っていったいなに?」

という質問を皮切りに、ディスカッションを進めました。

フルログはこちら→2012_2_1_哲学入門16 ログ

1月17日キラカフェ「あなたにとってアバターとはどんな存在ですか?」

1月17日のキラカフェは、テーマトーク「あなたにとってアバターとはどんな存在ですか?」をお送りします。
SLにログインするときは必ずついて回るアバターですが、その姿は同性・異性、ファーリー、タイニーなど、自分に似たものから似ても似つかないものまでさまざまです。
なぜその姿を選んだのか?かけ離れた姿でも自分と感じるのか?自分の分身なのか、それとも単なるアイコンなのか?
お気軽に意見をお聞かせください。

司会はHaruka McMahonがつとめ、テキストチャットにて進行します。
22時より、キラジャパンのカフェにお集まりください。

(12.02.12 追記: 当日のログをこちらに公開しました。)

2011.12.7 Yo Haiku 哲学入門セミナー

「哲学入門セミナー」15

今回は、

心から感動した音楽が友人にとってそれほど価値を持っていなかったり、逆に世間的に傑作とされているアルバムが私に響かなかったりすることをしばしば経験してきたのですが、わたしの価値と他人との価値のズレは現象学的に見るとどのように見えるのでしょう

という質問を中心にお話を聞き、ディスカッションしました。

フルログはこちら→2011_12_7_哲学入門15 ログ

2011.11.2 Yo Haiku 哲学入門セミナー

「哲学入門セミナー」14

今回からは、古代からの哲学の流れ、現象学や西田哲学を巻き込んだ、大きな哲学の概観を講義していただきたいということで、哲学と聞くと、これがいつも気になる、この言葉の意味知りたい、この話が聞きたい、という質問を持ち寄りました。

フルログはこちら→ 2011_11_2_哲学入門14 ログ

10月12日(水)キラカフェ・テーマトーク「名とは何か ─ 夢枕獏『陰陽師』を通して」

夢枕獏氏による安倍晴明を主人公とした小説『陰陽師』シリーズにおいては、「名とは呪(しゅ)である」という表現が繰り返し登場します。平たく言えば、曖昧模糊とした概念が「名」を与えられることで具象化する、というような意味合いと思われますが、単にそれだけにとどまらない、奥の深い言葉のようにも思われます。
今回は、作中でこの「名とは呪である」に言及している一節をボイスチャットの朗読で皆さんと共有し、後半にその解釈について自由にディスカッションしていただく予定です。

司会:Haruka McMahon
チャット:音声・文字チャットどちらもOK
(司会は朗読を除き文字チャットで進行します)
日時:2011年10月12日 22:00-23:00(JST)
場所:キラジャパンカフェ

(2011.10.14 追記)
当日のディスカッションログをこちらに掲載しました。

2011.10.5 Yo Haiku 哲学入門セミナー

「哲学入門セミナー」13

三木清の「人生論ノート」から、幸福が人格である、そして、幸福が表現的である、ということを取り上げました。

幸福の「中身」は自己にあるので、もの、お金、名誉など、自己に対して「絶対必要でもない」外部のものに依存しない。とは言え、自己の中だけで「幸せ」というのでもありません。幸福は外に現れ、伝播してしまうもの。親切、寛大さ、温かさとして外部ににじみ出、他者がそれに反応してはじめて、それは幸福となります。

無人島で誰もいなくても、他人を前提とした世界を自己は理解しています。そこで自分は「幸せなのか、不幸なのか」は、おもしろいことに、その人が無人島にいても、雑踏の中にいても、その人の考えとしてはあまり変わらないのです。

-講義より

フルログはこちら→2011_10_5_哲学入門13 ログ

2011.7.5 Yo Haiku 哲学入門セミナー

「哲学入門セミナー」12

「幸福は人格である。ひとが外套を脱ぎすてるようにいつでも気楽にほかの幸福は脱ぎすてることのできる者が最も幸福な人である。」

「機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと、寛大なこと、等々、幸福はつねに外に現われる。歌わぬ詩人というものは真の詩人でない如く、単に内面的であるというような幸福は真の幸福ではないであろう。幸福は表現的なものである。鳥が歌うが如くおのずから外に現われて他の人を幸福にするものが真の幸福である。」

三木清「人生論ノート」の中の「幸福について」をとりあげました。
質問、意見、コメントのあるかた、このブログにアクションください。

フルログはこちら → 2011_7_5_哲学入門12 ログ