科学の視点をホームベースに、「正しい視点はほかにもある、それは何だろう?」という問いを 探求します。

2010.5.11 Yan Lauria ジュール・ヴェルヌ

科学講座4.png「ヴェルヌ『海底二万里』のトリビア

  インワールドには、ヴェルヌをテーマにしたSIMがいくつかあります。”St. Michel - The Jules Verne Museum”、”Vernean Sea”、新たにオープンした”Nemo”。そして、Yan先生の”アビス海文台”にも、原作に忠実に復元されたノーチラス号が展示されているそうです。没後100年以上になってもヴェルヌの影響は大きい!

 そのヴェルヌの代表作である「海底ニ万里」の知られざるエピソード、謎を解き明かしていただきました。

スライドはこちら 2010_5_11_Yan.ppt
フルログはこちら:
2010_5_11_ヴェルヌトリビア ログ.doc
トリビアのサマリはこちら→

スチームパンクとレトロフューチャー 
 ヴェルヌの没後100年にあたる2005年以来、ヴェルヌが再評価されている。SLにもヴェルヌをテーマとするSIMが3つもあり、そのほかスチームパンクなSIMがいくつかある。「レトロフューチャー」という言葉があるように、19世紀末的な未来は、アニメでも宮崎アニメなど好まれている。
 産業革命の恩恵が一般市民にも浸透し始め、パリ博物館は新技術の品評会であり、芸術面でも宗教的な抑圧が取り払われたような作品が花開いた。
 この時代の発明品は原理が分かりやすくデザインしやすい一方、逆に現代のテクノロジーはブラックボックスで形にしにくいという面もある。19世紀末が好まれる現象が、よいことなのかどうかはともかく・・・。

ノーチラス(オウムガイ)vs.アルゴノート(フネダコ)
 オウムガイ(英名チャンバーノーチラス)は、巻貝に区画があり潜水艦のように浮き沈みできる生物ということで、多くの潜水艦に名付けられているが、実は区画内の気体の増減で浮き沈みするというのは誤っていた。わずかに比重を調整するだけで、もっぱら水ジェットで潜航浮上していたらしい。オウムガイにしろイカにしろマッコウクジラにしろ、浮力調整のメカニズムは死んだものを解剖しているだけでは解明できない。
 いずれにしてもオウムガイが潜水艦にふさわしい名前であるとは必ずしも言えず、ヴェルヌ自身もあとで後悔した可能性がある。
 一方、アルゴノート(フネダコ)はギリシャ神話のアルゴ船で探検した英雄たちの意味で、よほどカッコいい。フネダコは、アリストテレスの書物で腕を帆にして航海するタコという、間違った描写がされていて、帆が付いていたフルトンのノーチラス号は、もどうやらフネダコ(英名ペーパーノーチラス)の意味だった可能性が高い。
 本物のフネダコ(船蛸)は帆船とはまったく似てず、巻貝を作り、それを捨てることもできるタコであり、イカとともに軟体動物門の頭足綱の鞘形亜綱に属し。殻の脱げないオウムガイが属するオウムガイ亜綱とは異なる。

海洋調査船ノーチラス号
 ディズニー映画や「ふしぎの海のナディア」ではノーチラス号は衝角で敵艦をまっぷたつにする軍艦の印象が強いが、実は原作には全面的に科学技術の啓蒙がちりばめられており、亡国の元王子による列強との戦いという部分は全体の1割にも満たないぐらい。刊行の2年後に開始された英チャレンジャー号による歴史的科学大航海の成功にも大きく貢献したと思われる。

ノーチラス号の復元
 原作「海底二万里」におけるノーチラス号の船内の描写はきわめて詳しく、これまで多くのヴェルヌ研究者がその復元に取り組んだ。その成果をベースに、SL内で実物大のノーチラス号が復元され、用途不明の小部屋が3つあることまで突き止められている。SLは考古学だけでなく、こういう復元にも有効な場である。

“Mobilis in Mobili (動中の動)”
 ノーチラス号のモットーとなっているこのラテン語の言葉、実はずっとヴェルヌの造語だと信じられていたのが、2~3年前まで日本とフランスの研究者によって引用元が発見された。波浪中で揺れる船の安全という技術的勝利をたたえる意味の言葉であるが、ヴェルヌがそんな浅い意味で使ったとはとても思えない。動く独立国家ノーチラス号が動乱の世界を制する意味が込められてても不思議ではない。これはかわぐちかいじ「沈黙の艦隊」のコンセプトそのものでもある。

ヴェルヌの先見性
 ヴェルヌ協会のウェブサイトには数年前までヴェルヌが予見した技術のリストが掲載されていたが、最近覗いてみたら、それが削除され、代わりに、ヴェルヌが予見したと考えられているもので実はそうでなかったというリストに置き換わっていて、ヴェルヌ独自の発想はあまりなかったことが分かってきた。つまりヴェルヌはその当時の最先端の科学者、技術者、探検家の著作を大衆に伝えるインタープリターであったことが評価されるようになってきた。
 そんなヴェルヌの意義は、科学技術への逆風が吹き荒れ、子供の理科離れ、ものづくり離れが進む今日において、あらためて見直されるべきであろう。

(参考文献とサイト)
・「ジュール・ヴェルヌの世紀」(ミシェル・セール、東洋書林、2009年)
・ノーチラス号とネモ船長 
http://chikyu-to-umi.com/sf/nemo.htm 西村屋)
・Zvi Har'El's Jules Verne Collection 
http://jv.gilead.org.il/
・Verne's Nautilus http://www.vernianera.com/Nautilus/ (Michael Crisafulli)
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